伊勢崎銘仙を羽織に。

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今日から仕事始めの方も多かったのではないでしょうか。
お正月も一段落。
朝ごはんが お雑煮からパンになりました。
お正月肥りを解消しなくちゃ。。お正月、着物をお召になりましたか?
昔は お正月には子供たちはウールのアンサンブルを着せてもらって
近所で凧揚げや羽根つきをしたもんですけどね。
いや、私の時代は もう羽根つきじゃなくて
バトミントンをした記憶があります。

父は仕事から帰ると自宅ではウールの着物に兵児帯の人でした。
近頃はウールも見かけません。
見かけないといえば 銘仙もですが
年末に お客様と銘仙の話をしていたら
銘仙が1つ残っているのを思い出しました。

伊勢崎銘仙です。

白地に桜と菊が おにぎりみたいな囲みの中に咲いています。
周りに葉っぱがあるので 花in花のデザインなんでしょう。

このまま着ても可愛いですけど
(帯は紫濃淡に織り上げた単衣八寸帯
これ、羽織にすると可愛いです。
単衣の羽織にして 春・秋用に。

着物は 真綿の横段紬。 (初売りで40%OFF 118800円になっています)
帯は 相良刺繍の花兎八寸。(初売りで半額 70400円になってます)

この帯が 結構可愛いです。荒磯もあります。
花兎、と言いましたけど いわゆる有職紋様の花兎とはちょと違いますね。
もう一つは。。竹が入ってるのは解るのだけど
刺繍をした百亭工房の方に聞いても
先生の図案にあった、ということなので。うーん?
ここで ちょっと銘仙についての蘊蓄を。
長いので 興味のない方は飛ばしてくださいね。

銘仙は江戸時代の終わりごろに
養蚕農家の自家用着物がはじまりとされており、
このときはくず糸で織られるのが一般的で太織りと称されていました。
経糸の本数が多く緻密なので、
「目千」「目専」と表記されていたことから
「銘仙」になった、とも
明治20年ころから太織は「めいせん」の名前で販売されはじめ、
明治30年初期に東京三越で販売された際に、
「産地それぞれが責任を持って優良品を選んだ」との意味から
「銘撰」の字が当てられ、
その後に「撰」が「仙」に変わり「銘仙」となったともいわれます。

大正時代に解し織(ほぐし織)というテクニックが生み出されたことで、
銘仙の模様の表現の幅が広がりました。
解し織は、並べた経糸をそのまま仮織りして柄を型染めした後で、
仮織りに用いていた緯糸を抜き解し、
再び緯糸を通して織り直す技法です。
緯糸を解きながら織っていくので ほぐし織、です。
捺染絣の一種です。

解し織の登場により、柄や色使いが多種に増え人気を博していきます。
自家用の普段着から お洒落着、お散歩着として愛されていきました。

以前は日本全国のさまざまな場所で銘仙が織られていましたが、
現在ではほぼ足利・桐生・伊勢崎・秩父でわずかに生産されています。

足利銘仙 / 鮮明度の高い質感が特徴
足利は、昔から織物の産地として有名であり、
大正時代、技術の近代化を進めて織物産業で隆盛を誇りました。
昭和初期には有名画家のデザインが加わったことで斬新でモダンな図柄によって、
足利本銘仙を仕立て上げ、庶民の着物として生産高日本一の大ブームを起こしました。
その結果、日本橋の一流百貨店などで取り扱われるようになり、
銘仙黄金期に一頭地を抜く名声を獲得し隆盛を極めたのです。

 

伊勢崎銘仙 / 大きな草花模様、絣柄が得意
利根川の舟便に託されて江戸で人気の出た織物は
明治、大正にかけて銘仙と呼ばれ全国的に愛用されました。
伊勢崎銘仙の特徴は、絣柄の技法です。
「併用絣」と呼ばれる、経糸緯糸を同一の型紙で染めた絣糸を作り、
柄に合わせて織る技法を用いることで、
大胆で鮮やかな柄を表現したり、また色数の多い柄を織り出すことができました。
その後、手括りの絣、板締め絣、捺染絣などの
多種多様の絣糸の技法を駆使した絣模様を絹の風合いを生かした織物とし
昭和50年には伝統工芸品伊勢崎絣として指定され、
銘仙の楽しく美しい色柄を残しつつ、生地の風合い、強度を改良しました。

 

桐生銘仙 / 絣柄と小柄が特徴
生お召の産地である桐生銘仙はお召糸(強撚糸)を使用して
シボのある生地に織り上げられていました。

秩父銘仙 / 玉虫色に光る質感と縞模様
秩父地方の地形は山々に囲まれていることから稲作は難しく、養蚕業が盛んになりました。
野良着として生産された「太織(ふとおり)」と呼ばれる織物が生産され評判になり、
「鬼秩父」と呼ばれ庶民の普段着として普及していきます。
庶民に愛されると同時に、緻密で堅牢という織物の特質から武家にも重宝されるようになりました。
さらに、「太織」は「秩父銘仙」と呼ばれるようになり、
引き継がれた伝統と改良された技術により、
明治中期から昭和初期にかけておしゃれ着として広く普及し最盛期を迎えます。
1908年(明治41年)、
坂本宗太郎氏により特許取得された「解し捺染(ほぐしなつせん)」の技法が開発されると、
大胆でデザイン性のある柄が全国的に人気になりました。
秩父銘仙は平織りで裏表がないため、何度でも仕立て直しができ、
最後はオシメや雑巾までにまで使い回しができる織物として愛されたのです。

 

八王子銘仙 / 変わり織りが得意
カピタン織、という綾織のような地紋のある変わり織が特徴でした。
しかし現在、八王子銘仙の着物の話を聞くことがありません。
八王子織物は時代の変遷において、銘仙からウール織物に変わったそうです。

 

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